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平安時代

時代区分

Heian period ・ Heian jidai

解説

794年から1185年まで。都が平安京(京都)に移り、最澄と空海が天台宗真言宗を開き、末法思想とともに浄土信仰が広がった、日本仏教の骨格が定まった時代です。

二つの山、二つの宗派

794年、都は平安京に移りました。唐から帰国した最澄は比叡山に延暦寺を開いて天台宗を、空海は真言宗を開いて816年に高野山を開創しました。比叡山は後の日本仏教のほとんどの宗祖を育てた「日本仏教の母山」です。

浄土への祈り

1052年に末法の世に入るという末法思想が広まり、阿弥陀仏と極楽浄土への信仰、念仏の実践が貴族から庶民へと広がりました。1053年に建てられた宇治の平等院鳳凰堂は、極楽浄土をこの世に表した建築です。神と仏を一体のものとして祀る神仏習合もこの時代に深まり、1868年まで続きました。

よくある質問

最澄と空海は何をした人物ですか?

ともに唐に学び、九世紀初めに帰国して、最澄は比叡山延暦寺で天台宗を、空海は真言宗を開いて高野山を開創しました。いずれも世界遺産となっています。

末法思想とは何ですか?

仏の教えが衰える最後の時代(末法)が1052年に始まるとされた考え方です。阿弥陀仏の極楽浄土への往生を願う浄土信仰が広がる原動力となりました。

平安時代の建物は今も見られますか?

1053年建立の平等院鳳凰堂が最も有名で、十円硬貨にも描かれています。延暦寺や高野山も今も生きた修行の場ですが、現在の建物の多くは後世の再建です。

関連用語

出典