埴輪
一般Haniwa ・ haniwa
解説
古墳時代の墳丘を取り囲んだ素焼きの造形物。武人や馬、家、踊る人などを象り、死者を守るとともに、古代日本で最も愛らしい造形として親しまれています。
土の儀仗兵
埴輪は、墳丘の周りに環状に立て並べられた円筒形の土製品として始まり、墓域の聖なる境界を示しました。古墳時代が進むと形象埴輪が花開きます。甲冑をまとい盾を持つ武人、鞍を置いた馬、舟、倉や豪族の館、両手を上げた巫女、そして点の目と開いた口が愛らしい歌う人や踊る人。墳丘のテラスに場面をなして並べられた埴輪は、葬られた首長の守り手であり、従者であり、彼が治めた世界の縮図だったと考えられています。
埴輪が語ること
八世紀の記紀は、埴輪は殉葬の身代わりとして生まれたと伝えます。考古学的には疑問視される伝承ですが、死者に仕える依り代という埴輪の本質をよく捉えています。歴史家にとって埴輪は、古代日本の甲冑や馬具、建築、舟、衣装を写した「土の記録」です。東京国立博物館の踊る埴輪や、群馬出土の国宝・挂甲武人が特に有名で、百舌鳥・古市古墳群周辺などの博物館では出土した埴輪の行列を間近に見られます。
よくある質問
- 埴輪は何のために作られたのですか?
墳丘の聖域を画するとともに、形象埴輪は武人や馬、家、従者として死者に仕え、守るために墳丘上に並べられたと考えられています。
- 埴輪は本当に殉葬の身代わりなのですか?
記紀にはそう伝えられていますが、日本でその規模の殉葬があった考古学的証拠はありません。死者に仕える依り代という性格を物語る伝承と見られています。
- 有名な埴輪はどこで見られますか?
東京国立博物館の「踊る埴輪」や群馬出土の国宝「挂甲の武人」が特に有名です。百舌鳥・古市古墳群など大古墳群周辺の博物館にも豊富な収蔵があります。